読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

覚えられませんっ

元「覚えらんない人のためのオンラインソフト備忘録」。遅ればせながらブログ移行してみた次第。

7つの習慣 最優先事項―「人生の選択」と時間の原則

前回「7つの習慣」の読書ノートを貼らせていただいたが、読み直すと読んでない人にとってははなはだ不親切な内容になっていることに気づいた。が、俺の読書ノートを読んで理解した気になっていただいても(まあそんなことはおこらないと思うけど)それはそれで危険なことだと思われるので、むしろよくわからない他人の書き抜き、というレベルで今回も放置しておきたい。

「刃を研ぐ」というのは四つの基本的(肉体的、社会・情緒的、知的、精神的)分野の能力を高めるという意味である。「刈り取る」(生産する)ことに熱中しすぎて「刃を研ぐ」(生産力を高める)ことを忘れている人があまりにも多い。
オリンピック選手は大会の日のために日々厳しいトレーニングを何年もかけて行っている。彼らは競技中の自分を詳細にイメージしながら、心の中でリハーサルをする。気が向いたときだけ、あるいは調子のよいときだけ練習するようでは訓練にならない。同様に、私たちも能力の源に目を向けて訓練しない限り、豊かな生活を享受することはできないのである。

もしビジョンが世相を反映しただけのものであれば、常に他人の期待に応えながら生きなければならないだろう。「人は世相を知り始めたことから情熱を失い始める」とはよく言われることである。

ガンジー「あるところで不正なことをしているのに、別のところで正しいことをしようとしても無駄である。人生とは分割不可能な統合体なのだから。」

役割ごとにメモをファイルすれば、記憶が関連しているため、あとで簡単に見直すことができる。整理帳の中で、それぞれの役割に対してセクションごとに分けてみるといいだろう。重要事項のメモを取るときなど、役割にあったところにそれをファイルすることができる。

健康の専門家によれば、トレーニングの効果を上げるには、1日三十分以上のトレーニングを週三回行い、トレーニングを行わない日は体を休ませることが必要だそうである。

週間計画の中に、指定時間帯を作る。特定の重要な活動のためにあけておく「交換可能な時間枠」のことである。「指定時間帯」を使う利点はたくさんある。まず優先課題のために時間を空けておくことができる。また、生活に秩序がもたらされ、あなた以外の人もその秩序に従うことができる。「指定時間帯」は他の「指定時間帯」と交換できることが多いため、スケジュールに組み入れた予定事項を犠牲にすることなく、柔軟に対応できる。たとえば、友達が急用で木曜の夜のコンサートに行けなくなって、そのチケットを譲ってくれたとしよう。すると「家族の時間」を木曜に移し、家族そろってコンサートに行き、「奉仕活動」は土曜の朝に移せばよい。

私たちは、きつい仕事を絶え間なく続けることよりも、むしろ「自分がすべきだと思うこと」をしないことによって、心を乱したり、緊張したりして、遙かに疲れてしまうことが多い。その緊張から逃れるために、第三領域の活動をたくさんこなしたり、第四領域に逃避したりするのだが、結局は緊張を増すだけに終わる。

物事はやり続けていると少しずつ簡単になる。物事そのものは変わらないが、それを行う能力が高まるからである。

「第二領域時間管理」とは、1日を「仕事」とか「予定」という観点からではなく、「人」とか「人間関係」という観点から考えてみることなのである。

精神科医であるM・スコット・ペックは『愛と心理療法』のなかで次のように述べている。「人生とは生やさしいものではない」これはもっと偉大な真実のひとつである。この真実が偉大なところは、ひとたびこの真実を悟れば、それを乗り越えることができる点にある。

ディケンズクリスマス・キャロル

問題の多くは、良心が無視されたり、否定されたりした結果生じる。

原則中心の生き方をする人の特徴
・順応性があり、伸びやかである。
・豊かで、価値ある人間関係を築いている。
・相乗効果を発揮している。
・常に学ぶ姿勢を持っている。
・常に貢献しようとしている。
・並はずれた成果を上げている。長期にわたってかなりの量のものを生み出す能力を維持している。
・心の中に健全な免疫システムを身につけている。
・自分の限界を知っている
・バランスの取れた生活を送っている
・自信と安心感を抱いている
・言ったことを実行している
・「影響の輪」に焦点を合わせている。「関心の輪」の中で時間や労力を無駄にしていない。
・内面的生活を豊かにしようとつとめている。
・肯定的なエネルギーを放出している
・人生を楽しんでいる。


どんな施設や機関があったとしても、家族の代わりになることはできない。

「私は良心に従って生きていこう。今から私は、周囲の声や世相、先入観、自分の行動を正当化する声に惑わされないことだ。たとえ、どんな結果になろうとも、私は良心に従って生きよう。」

私たちは、生活と時間がそれぞれ背負っている「人生の責務」に対して敬意を抱いている。生き、愛し、学び、貢献していこうとして、毎年、毎月、毎週、毎日、そして瞬間瞬間を過ごしているのだ。私たちは、時間の使い方に関して自分で選択できるというありがたさに対して感謝している。